横尾忠則 立腹の原因は遅刻以外にも?性格や生い立ち、息子と娘も調査

      2018/09/20

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横尾忠則が立腹!原因は美術館職員の遅刻以外にも…?

美術家の横尾忠則さんが、作品の材料を運んでくる美術館職員の遅刻に立腹され、創作意欲を失い帰ってしまったそうですね。

横尾忠則さんといえば代表作品「Y字路」など、特徴のある独特の世界観をもつ作品を数多く生み出している有名な方です。なので、大変なことになってしまいましたね。

もちろん職員の人たちも遊んでて遅れたわけではなく、交通機関の事情だったと言います。なので一般的な会社なら仕方ないのかもしれません。

遅刻がなければ横尾さんは作品を完成させたでしょうし、岡之山美術館の特別展も通常通り開催されたはずと考えると、大きな予定変更となってしまったわけですから、一番がっかりしたのは楽しみにしていた観客の人たちだと思います。

 

それにしても前日に材料だけでも作業場に搬入しておくとかできなかったんでしょうか…?生モノならまだわかりますが、当日に運び入れるというのはリスク大きいですね。

この件に関しては、遅刻だけじゃなくて日ごろから美術館と作家さんの間に小さなトラブルやうっぷんがたまっていたのでは?などという声もありました。

美術館の規定による縛りが厳しくて芸術家の意向と相反したりなどは良くあることらしいです。

確かに、感性で生きている芸術家と、一般的なルールの下で営んでいる美術館では、対立するものがあるのはわかるような気がします。

しかし今回に関しては、時間を守らなかった美術館の方に落ち度があるので「普段あれダメこれダメって規則にうるさいのに、肝心な時に遅刻とは!」と横尾さんはご立腹だったのかもしれませんね…。

 

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横尾忠則はなぜ帰ってしまった?立腹だけではない事情も…

一方で、美術館の職員を擁護する声もちらほらありました。というよりは、横尾さんが怒って帰ってしまったことに対する批判でした。

個展を楽しみにしている人もいるのだからへそ曲げて「作るの辞めた」はよろしくないのでは?という意見です。

ただ、創作意欲というのは瞬間的なものです。芸術家って頭で創作してるというよりは、その時浮かんできたものを掴むようにしているので、それが逃げてしまったら時すでに遅し…なんですよね。

これは、「インスピレーション」という材料がなくなってしまったから作ろうにも作れなくなった…ということなんじゃないでしょうか?

普通の人でもありますよね。何か言おうとしたところに邪魔が入って「あれ?何言おうとしたんだっけ」と忘れてしまって二度と思い出せない状況。悔しいですね~(涙)

今回の横尾さんのニュースにはに「立腹」とあり、ブチ切れたのかしら?なんて思ったけど、多分そればかりではなく「インスピレーション」が逃げてしまったから途方に暮れてしまったという感じなんじゃないでしょうか?

多分、横尾さんも普通の用事だったらそこまで非常識な行動はとらないと思うのです。しかし、事務的なことではなく人智を超えた世界のことなのでどうにもしようがなかったのかもしれませんね。

横尾忠則の性格や生い立ちは?アスペルガー症候群に近いと分析

横尾忠則さんの性格や生い立ちはどのようなものだったのでしょう?

1936年6月27日兵庫県西脇市生まれで、2-3歳の頃に呉服商の叔父、横尾誠起氏夫妻の家へ養子に出され、一人っ子として育てられたそうです。

幼いころから絵の才能を発揮し、一方で超常現象も体験されたとのこと。その後グラフィックデザイナー、油絵など芸術家として活躍され、ニューヨーク近代美術館で個展を出されたりもしました。

後に神戸市灘区に「横尾忠則現代美術館」も開館されています。

とてもたくさんの活躍をされていて、一つの記事ではとてもまとめられません。ただ、芸術家という職業柄、性格の方はかなり個性的でした。

3、4歳の頃、「自分はどこから来た人間なのだろう」としきりに考えるようになる。

養子に出されたので、自分は捨てられたのではないか?という風に思っていたようです。ただそれは悲しいというより、ロマンティックな物語の主人公のようだったと思っていたそうです。

子供って大人はわからないだろうと思っていても、いろんなことを知っているものですね。そして、大人がくくっているような概念では説明のつかない思考をしているのかもしれません。

自分の故郷はもう一つ別のところにあって、懐かしい故郷からやってきて今ここにいるが、いつの日にか再びその故郷に戻るのではないかという漠然とした予感を抱くようになる。物思いにふけることが好きで、外に飛び出し流れ星を待つと、いつもそれはすぐにやってきた。流れ星は懐かしい故郷の記憶を運んでくるように思え、この予感は毎日のように繰り返され、記憶の中で強まっていく。

何度もインドを訪れている。宇宙人や霊的な存在についての言及もあり作品の評価の際にも関連が指摘される。本人も霊感が強く、心霊と会話することが出来ると言う。きっかけは1970年代に宇宙人に、首のところへ送受信装置を埋め込まれ、それにより霊界との交信が可能になったという(『大霊界〜丹波哲郎の世界』の対談より)。それらに関するいくつかの著書も出している。

現在はyoutubeなどで宇宙人が地球に来ているという動画もあったりします。この横尾さんの体験談もそういった存在の働きかけがあるのでしょうか?

また、ご自身の性格についてもかなり分析されているようです。

生まれながらの性格って、そう簡単に変わらんない。以前小学校1〜6年までの通信簿を取り寄せた。そこにはぼくの性格の特徴が次のように記されていた。
1—落ちつきがない。
2—常にキョロキョロする。
3—他人にちょっかいを出す。
4—未だに幼児語が抜けない。
5—わがままである。
以上の性格はかなり的確だ。今の自分そのものだ。ちっとも変わっていない。そこで考えた。ぼくの創作活動そのものじゃないか。短所をそのまま生かしている。そして創作においては都合よく全て長所と考えている。
(例えば)
1—好奇心が強い
2—身体的行動力
3—自分の思う通りにしたい。
4—論理的というよりは感覚的。
5—妥協できない。
こんな風に解釈すれば、誰でも短所(欠点)はないのでは—。

昨日は自分の性格の特性に触れたが、一夜明けて今日、考えてみれば、自分の性格はかなり、アスペルガー症候群に近いことに気付いた。でもアーティストに共通する要素だから、他の職業でなくてよかった。

アスペルガー症候群に近いとご自身で分析されてますが、この傾向のある人はものすごく時間にきっちりしていたりする場合と、逆にルーズな場合もあるそうです。

きっちりしている場合も、常識や世間に合わせてきっちりしているというよりは、そうしないと自分のペースが狂うので変更できないという自分の中のこだわりからきている場合が多いそうです。

ご自身もおっしゃる通り、他の職業だったら苦労されたと思います。逆に、一般企業の決まりに自分を合わせるのが苦手な人は、自分のコンディションに忠実なのではないでしょうか?もしそうであれば、芸術的な方面でとてもセンスがあったりするかもしれませんね。

 

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横尾忠則の息子と娘は?現在はどうしている?

横尾忠則さんは二十歳の頃、神戸新聞会館勤務だった谷泰江さんと結婚され、息子さんと娘さんがいます。

息子の横尾英さんは、忠則さんの作品を取り扱う「Art Planet.Y」のウェブサイトを運営されています。

娘の美美さんは忠則さんと父娘での二人展「スペース ユイ」を開催し、その後は画家として活躍されているようです。

お二人ともご結婚しているという情報はありません。また、横尾忠則さんのブログにお孫さんの話題もないため、もしかすると独身なのかもしれませんね。

また横尾忠則さんは、「不登校新聞」というサイトに記事を書かれていました。

それによるとご自身のお子さんたちも不登校の時期があり、息子さんはストレスからだと思いますが白髪になってしまったこともあったそうです。

そこで見かねた横尾さんは、つらい思いをするなら学校へは行かなくてよいという判断をされたそうです。今と違って不登校などはまだまだマイナーな出来事だったと思いますから、親御さんとしても勇気のある決断だったと思います。やはり横尾さん独特の視点もあったのかもしれませんね。

二人とも途中から行きませんでしたね。息子のほうは高校のときで、本人に聞いたら、イジメがあったりして、1日中、新宿の街をウロウロして、下校時間に帰ってきていた。僕は、それを知らなかったのね。白髪が出てくるくらい学校がイヤになっていて、体にまで影響しているのはよくないだろうと思って、辞めさせた。  娘は中2のころからで、僕は学校の先生と話して、学校に行かないことを認めさせた。娘は「タレントになりたい」と言ってね。結局、その目的どおりに生きているわけじゃないけど、その過程で学んだことは今に活きている。  みなさん見てると、不幸な顔をしている人はいないし、不登校は大賛成だね。学校はよけいなことが多くて、難しすぎるよ。

学校に行く、行かないに関してはいろいろな考え方があるので、ここでどちらが良いというのはありませんが、現在二人のお子さんが立派に社会生活を過ごしていることから、学校に行かないと必ず人生が悪くなるとは限らない。ということを物語っているような気がします。

独創的な世界観で多くのファンを持つ横尾忠則さん、これからもお元気で活躍されてほしいですね。

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