水野弥一元監督の実績は?評判や名言、追手門大学での事件を調査

   

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水野弥一元監督が日大アメフト部監督候補に推薦された

日大のアメフト事件で除名された内田前監督の後任に、京都大学の水野元監督が応募をしたとのことです。

けど、どうやら立候補ではなく、立命館大元監督で日本協会の平井英嗣理事などによる推薦の様子でした。

「日大のような立派なチームが低迷するのは喜ばしいことではない。フットボールに対しての損失になる。請われればお役に立ちたいと思っている」

水野元監督はこのようにコメントしていました。他にも10人以上の応募があったそうなので、この後選考されるようですが、78歳という年齢も考慮に入れると難しいものがあるみたいです。

しかし、日大のフットボールの実力に対しては好意的な意思を示している様子だし、過去の実績も素晴らしい結果を残されていたとのこと。どんな人物か気になりますね。

そこで実績、評判、人柄などを調べてみました。

 

 

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水野監督の経歴や実績は?京大アメフト事件での評判が非常識?

水野弥一さんは京都市立西京高等学校を卒業後、パイロットになるため防衛大学校に入学しました。そこでアメフト部に入って腰を痛めてしまい中退し、京都大学工学部に入り直したそうです。

そこでもやはり人員不足でアメフト部に入ったようです。腰は治ったのかわかりませんが、アメフトにとても縁があったんでしょうか。切っても切れないようです。

その後コーチ就任を経て1974年よりトヨタ自動車勤務の傍ら監督になったそうです。

水野氏は京大を指導して学生王者に6度、日本一に4度導いた実績があり、現在は立教大のシニアアドバイザー。既に、日大OBからの要請を受け、選手の代表、保護者、OBらに指導理念を説明した。

アメフトの経験のない初心者を猛練習で鍛える手技で京大アメフト部を強豪チームに育て上げた。1980年から監督専従となる。1983年に甲子園ボウル初優勝。以後2度連覇するなどして優勝6回(国公立大学では唯一)。社会人代表と争うライスボウルも優勝4回を記録した。2011年勇退。

京大のアメフト選手をかなり強く育て上げた優秀な監督という印象です。

しかし、2005年には京大アメフト部の部員が不祥事を起こしてしまうという事件もありました。水野さんは直接関与したわけではありませんが、やはり部員にそのようなことがあると責任は問われたでしょう。

その際開かれた会見に出席した水野監督は謝罪に加えて「言語道断。裏切られた。それが私が一番強く思うところ」とコメントしていました。

また、この時の水野さんの服装は、ほかの会見出席者がスーツなのに対して、スウェットのような運動着。この格好に、会見なのに非常識という評判もあったようです。

このようなことが起きてしまうと、主旨とは関係ないところにもクレームをつける人はいます。ただ「事件を聞きつけ練習の途中で出てきたから、服装も構う時間がなかったのでは?」「気の毒だ」など、擁護の声も上がっていたそうです。

その後、2011年に京大の監督を退任されました。

水野彌一

追手門学院大学での「人権侵害発言」によるボイコット事件はどうだった?

京大を退任した翌年から、水野さんは追手門学院高等学校に招かれアメフト部監督に就任しました。

しかし、2015年に水野監督が連れてきたコーチ2人が部員に身体的に差別するような言葉をかけたため部員の顰蹙をうけ、練習をボイコットされる事件があったそうです。

解任されたコーチは叱咤激励でかけた言葉だったとのことです。

これは推測ですが、ちょっと振るわない部員にコーチが厳しい言葉をかけたんだと思います。かつては体育会系だと特に喝を入れるためなら多少の暴言もありな風潮があったので、その感覚で言ったんでしょうね。

けどそれが昨今タブーだったために、軋轢が生じたのだと思います。

大学がコーチ達を解任すると表明したところ、水野監督も更迭するよう学生が要求したとのことなので、もしかすると水野監督にも学生からは顰蹙を買う要素があったのかもしれません。

水野さんはこれに対して

「(学生日本一に向け)中途半端なことをやるのは嫌なので、自分も辞めることにした」、「学生が強いチームにならなくていいと言うので、私はいてもしょうがないということ」とコメントを残して監督を辞任することとなった

とコメントしています。

多分、楽しく緩めにやっていた部員と、頂点を目指したい指導者の折り合いの悪さだったのでしょうね…。

こう言った出来事からも、推薦されている日大アメフト部と、水野さんやコーチ陣の指導方針が合うかどうか懸念されているという声もあります。

 

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水野監督の名言と性格、結婚した嫁や子供はどうなのか。

水野監督は人を褒めないそうです。あと口が超絶悪い。過去に結婚していたこともあるそうですが、現在は独身で元嫁さんとの間にお子さんはいないそうです。

性格は堅苦しいのが嫌で、監督ではなく「水野さん」と呼ぶように指導していたとか。フランクなところがあるんですね。

そして、かつて部員だった人によると、名言がわんさか

その一部を引用させていただきました。

「悲劇の主人公になるな」

「一を聞いて十を知れ」

「試合前フィールドに並んだ時、もう勝負はついている」

「試合でみじめな思いをするのがいやなら、その分練習でよく泣いておけ」

「元々自分たちのしてることは正気の沙汰じゃない」

「コーチの1時間の努力は選手の10時間の努力に匹敵する」

「いい男を作るには金がかかるんじゃ。うちの塾でバイトすればええで」

「社会勉強だと言ってバイトしてるヤツはアホや。仕事なんて就職してからイヤほどさせられる」

「大学時代はおとなになってからとは全然密度の違う大事な時期。そんなときに通学に何時間もかかる東京の大学に行くヤツはアホや」

「ケガしてるのに無理して練習せんでええ。大事なのは最終的に一番よく練習ができるようにすること」

「1年生は体験入部。イヤやったらサボればいいし、ついていけへんかったらやめたらええ。ただ二度とないチャンスを逃したらあとから後悔するで」

「心の病? 無理に練習したらあかん。よう治してから戻ってこい。 いつでも待ってるで」

「クマ、どんくさいお前がようひとりで頑張って戻ってきたな。今年のカンバック賞や!」

全体的に口が悪いけど、時々情に厚いところもあるようです。昔の頑固オヤジあるある的な、優しさをガサツな言葉で隠してしまう恥ずかしがり屋なのかもしれませんね。

そして、水野さん世代が若かった時代はこういうのが当たり前だったし、上の人には従うものだと暗黙の了解があったからそのまま来てしまった現在のシニアがかなりいると思うんです。

ただ、今の時代それを許容するより、人権侵害とかパワハラなどと厳しい目でdisられる風潮があるのも否めません。多分、昔は「よくあること」で済まされてたことでもです。

昨今ポストについてるミドル〜年輩の方達への風当たりが強いのは、時代の流れと昔の価値観が合わなくなってきていることも原因かと思われます。

日大アメフトの監督は水野さんになるのか、それともほかの誰かなのか、情報が出次第更新します。

 

 

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