森田童子の夫や家族を調査!作曲のきっかけや素顔を出さない理由は?

      2018/06/13

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本名も謎のシンガーソングライター 森田童子が心不全で逝去

シンガーソングライターの森田童子さんが心不全のため今年4月に逝去されていました。66歳とのことです。

私が初めて森田童子さんの存在を知ったのは、1993年に放送していた真田広之さんと桜井幸子さんが主演のTBSのドラマ「高校教師」。

その後も高校教師は映画化されたりリニューアルされてましたが、個人的に私が一番印象深いのは最初のドラマです。

当時歌手の森田童子さんがミステリアスで、男性のような容姿と女性的な歌声の歌手は別人だと思ってましたが、同一人物だったことに驚きます。

また本名をはじめあまりにも謎だらけなので、当時すでに故人では?という噂もありましたが、2018年の4月まで存命されていたんですね。

高校教師はドラマも独特な雰囲気でしたが、主題歌「僕たちの失敗」が良く合っていたと懐かしく思い出します。

 

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森田童子の夫が実はすごい人だった!?事務所は渋谷区

森田童子さんの存在は本名や素顔も含め、謎のヴェールに包まれている部分が非常に大きいです。ミステリアスでどのような人なのかまるで分りませんが、活動休止後31歳の時に結婚しているとのことでした。お相手の旦那さんは森田さんの事務所のマネージャーの方らしいです。

事務所を調べてみると、小沢音楽事務所、海底劇場と二か所見つかりましたが、小沢音楽事務所の方を調べたところ全く森田さんの名前は載っていません。移籍したのかはわかりませんが、海底劇場の方は少しだけ情報がありました。

現在もあるのかどうか不明ですが、事務所の所在地は渋谷区桜丘町のマンションだそうです。そこのM氏という男性がマネージャーだったようで、マネージャーが夫説が正しければ、彼が森田童子さんの旦那さんに当たるのではないでしょうか。

M氏はその事務所を、宝塚の越吹ジュンさんから預かったとのこと。

また他のエピソードとして、現在70代半ばの俳優、近藤正臣さんに「大変ご無沙汰しております」と頭を下げられることがあったそうですから、おそらく相当芸能界に通じている方のようです。

この話からM氏は近藤さんより年輩と考えられるので、森田童子さんの夫であるとすれば相当年上だったということじゃないでしょうか?

結婚相手との間にお子さんがいるかどうかは、不明でした。

森田童子

 

森田童子の家族は?作曲を始めたのは若い頃の病気がきっかけ…

また、実家の家族についても情報がありました。過去に森田さんがインタビューに答えていた貴重な資料から抜粋しました。

森田『女系家族の中で育ち、女の嫌な部分、泥々した部分を見過ぎてしまって、女を感じさせる女性は苦手になってしまった。』 

森田『昔は対人恐怖症がひどかった。親に人見知りしてたぐらいだから』 

女系家族というと、姉が大勢とか、叔母などがたくさんでごたごたがあったのでしょうか?性別のわかりにくいファッションをしていたのは、こういう過去も影響していたんだと思います。

森田『高校時代、お金が欲しくてアルバイトしようとすると父がお金をくれたの。これからは暇に耐えられる人間になることが大事だ、というのが父の教育方針だったのね。おかげでずい分と暇には強くなったわ』 

「暇に耐えられる人間になれ」って、すごく個性的な価値観をお持ちのお父さんですね。実家がお金持ちだったのかもしれません。

また、高校生の頃胸を病んだとありますが…

彼女は高校半ばにして、不幸にも胸をやみ、転地治療という形で3年間を北海道で過ごした。その時代,'60年代末期は,学園闘争が激しく吹き荒れていた頃だった 

森田『 私は何もできない。動けなかった。私の歌は,周囲を見ていた自分の意識の投影なんです。 

人も風景もどんどん変わっていく。たけど自分だけが同じ所にいるような気がして…。何もしていなかった時間を,どうやって経験してきたか。 

病気で何もできないというのはつらいですよね。お父さんの「暇に耐えられる人間になれ」は、その予兆だったのでしょうか?

北海道での文字通り”暇”に耐える生活。1日中誰もいない部屋の中で、1人ぽつねんと何もしないで座っている。話したいけど話す相手がいない。 

病気がきっかけで森田さんは作曲に目覚めたそうです。歌うことで心の内をアートに昇華したんですね。

 

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森田童子、性格も気になる…素顔を出さない理由は?

森田童子さんの性格なども気になりますね。

1970年代、まだそれほど知名度がなかったころ、高校生の熱いファンと親しくなったそうです。当時の高校生はお金があるわけではなく、ライブに来るのも苦労していたそうですが、それを推測して「付き人ということで私と一緒に入っておいで」と、入れてくれたことがあったそうです。

もちろん人気が上がるにつれてそういうことは無くなったそうですが、ファン思いの優しい一面がうかがえますね。

一方、親にも人見知りしてたということですが、ステージの上でもネットの情報によると、

数少ないライブ。極度のあがり症でサングラス無しではステージに上がれなかったらしいけど、横顔や照明の向きで目元を見たファンはたくさんいたらしい。 相当な美人だったそうな。

ミステリアスに見せるというよりは、人見知りで緊張してしまうからサングラスをしていたようです。でも、その結果美人の噂とか、謎めいた雰囲気がファンの好奇心をを激しく掻き立てることになっていますね。

ライブに行った人によると、森田さんはサングラスだけではなく本当はマスクもしたいとコメントしていたそうです。でも歌えないからマスクはしてなかったんですね。

もしかするといつもサングラスのタモリさんも、恥じらいからなんでしょうか…なんて考えてしまいました。苗字も一緒だし関係があるなんてことも?

普段話題には上がらないけれど、森田童子さんのファンは相当多かったみたいですね。

生前の歌声も浮世離れしていた森田童子さんの、ご冥福をお祈りいたします。

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