栗城史多 下山家と批判の多い理由は?登山費用や家族の存在も気になる

   

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栗城史多、エベレスト下山途中で息絶え発見された

登山家の栗城史多さんがエベレストを下山中に息絶え発見されたとの訃報が入ってきました。

私は登山についてよく知らなかったので初めて聞く名前でしたが、まだ35歳という若さだったので悲しいものがありました。最後の動画などは苦しい中頑張って撮った様子が伝わってきます。

調べていくうちに登山家の中では有名だということがわかりましたが、応援の声が多い一方でアンチや批判も多かったことにも驚きます。

栗城さんの評判については後ほど書きますが、素人の感想を言わせてもらうと「山はなめてはいけない」ということです。先日もスイスで登山していた人の落下事故があったばかりでした。

山は地形、自然環境、空気の濃度など、普通とは違うことばかりです。だからこそ憧れる人も多いのですが、命の危険もハンパないんだなとひしひし感じました。

私も過去に登山したことはあります。初心者なのであんまりハードな山には行きませんでしたが、それでも急激な温度の低下や足場の危険な場所には怖くなったものです。

なのでこういう話題が出ると余計に「生きて帰って来れたのは幸運」とつくづく感じます。

 

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栗城史多の登山歴がすごい!けど下山家と批判されていた理由は?

調べてみると、栗城史多さんには賛否両論なコメントがたくさんありました。話題に上がるということ自体が有名な証拠ですが、彼の場合はたくさんの登山家の中でもかなり特殊な存在だったようです。

まず彼の登山歴について調べてみました。

2004年6月マッキンリー(北米最高峰 標高6,194m)登頂。

2005年1月 - アコンカグア(南米最高峰 6,959m)登頂。

6月 - エルブルース(ヨーロッパ最高峰 5,642m)登頂。

10月 - キリマンジャロ(アフリカ最高峰 5,895m)登頂。

2006年10月 - カルステンツ・ピラミッド(オセアニア最高峰 4,884m)登頂。

2007年5月 - チョ・オユー(世界第6位高峰 8,201m)登頂。7,700m地点からスキー滑降した。

12月 - ビンソンマシフ(南極大陸最高峰 4,892m)登頂。

2008年10月 - マナスル(世界第7位高峰 8,163m)に「無酸素」「単独」登頂したと主張するが、ヒマラヤン・データベース、日本山岳会の双方から登頂を認定されていない。

2009年5月 - ダウラギリ(世界第8位高峰 8,167m)登頂。インターネット生中継を行う。

2004~2009年まではほぼ登頂しきっています。その後の来歴も見てみました。

2009年9月 - チョモランマ・北稜北壁メスナールート(世界最高峰 8,848m)登頂を目指したが、グレートクーロワールに達せず、体力の限界により7,950mで敗退。

2010年5月 - アンナプルナ(世界第10位高峰 8,091m)登頂を目指したが、7700mで敗退。

8月末から - 二度目の挑戦となるエベレスト・南東稜ノーマルルート登頂を目指したが、7,750mで敗退。

2011年5月 - シシャパンマ(世界第14位高峰 8,013m)の登頂を目指したが体調不良により敗退。

8月末から - 三度目の挑戦となるエベレスト・南東稜ノーマルルート登頂を目指したが敗退。

2012年5月 - シシャパンマ登頂を目指したが、7000m地点到達前に進行が不可能になり敗退。

8月末から - 四度目の挑戦となるエベレスト・西稜ルートで登頂を目指したが7700mで敗退。

この後、7回も敗退を繰り返し、最後には指が凍傷にかかってしまいました。その後、2013年~2014年にかけて、凍傷のため両手指9本を切断。話によると指再生の治療もあったそうですが、高額のためこちらの治療はあきらめたとのことです。とても残念ですね。

しかし、それでも引退などせずに登山を続けていたそうです。

2014年7月24日 - ブロード・ピーク(世界第12位高峰 8,047m)登頂。

2015年8月末から - 五度目のエベレスト登山に挑み、南東稜ノーマルルートからの登頂を目指したが、サウスコル付近で敗退[27]

2016年5月 - アンナプルナ、6300mで敗退。

9月より六度目のエベレスト登山。7400mで敗退。

2017年春 - 中国側からエベレスト北壁に挑むとしていたが、6800m付近まで登った直後に断念した。

2018年5月21日 - 8度目のエベレスト単独登山中に体調を崩し標高7400m付近より下山。キャンプ2付近にいた撮影隊がルートを登って捜索したところ、栗城の遺体を発見した。

数えること8回もエベレストに挑戦しています。「何度でも挑戦し続ける不屈の精神」を応援する人が多い一方、批判はなぜ出たのでしょう?

理由はいくつかありますが、「単独無酸素」と言いながらも専門の登山家からすると規定に沿っていなかったようです。登山のルールを知っている人からすると、無謀な行動も多かったようです。

手袋の指先が空いたまま撮影をしていたため凍傷になったことも、危機感が足りないということで批判の対象になったようです。確かに、後のことをあんまり考えられなかったのかもしれませんね。それでいて演出が美しいことからも、真剣に登山をする人たちからはふざけているように感じたのかもしれません。確かに、山でカラオケ中継や流しそうめんをする機材を持っていこうとしてたようですから、ふざけているという声が出るのもわかる気はします。

ただ、もしかすると真剣に登山をする人は「安全に山頂を目指す」ことが目的だったとすれば、栗城さんは「楽しくやりたい」ということがモットーだったようです。

「命あってこそ」に重点を置いている人が大半の中、「誰もやらない面白いこと」に価値を置いている栗城さんがあまりにも奇抜だったため、周りからはアンチな声が多発したんでしょうね。

どちらがいいとも悪いとも言えませんが、凍傷になってしまった栗城さんの指はかなり痛々しく、衝撃を受けました。ここには画像を出しません(汗)

それでも明るく前向きな彼のコメントは、普通の感覚から行くとかなりクレイジーに感じるのも仕方のないことでしょう。一般的には自身の体を粗末にすることのように映ったのかもしれません。

無謀な登山で結局登頂がかなわず下山することから、下山家と呼ばれてしまったんですね。

しかし、何よりも次にあげることが批判の一番大きな原因ではないかと思います。

栗城史多

実際登山費用っていくらかかったのか知りたい

エベレストの登山にはものすごくたくさんの費用が掛かっていたそうです。

一体いくらかかるのかも気になる所ですよね。実は無謀なだけではなく、経済面からも批判の声は出ていたようです。

栗城さん自身のコメントで

入山料だけで1人1万ドル、100万円程度ですね。それにエージェントや撮影をサポートしてくれるシェルパの費用、中継器材や衛星回線費用があるので、5000万円以上になります。

こう語っています。もちろんふつうに働いて稼ぐという方法ではほぼ無理です。が、スポンサーがつくことによって叶えてきていたんですね。

これだけのお金を「挑戦する姿勢」みたいな感動で宣伝して楽しそうにやっていたので、反感も多かったのかもしれません。

それで登頂しきったならまだしも、下山が続いたことで経済的にも困窮し、サポートする側も半ば呆れてきたのかもしれません。

もし、従来の登山家のように安全面にも配慮した準備をして成功するなら評判も上がっただろうしスポンサーにもお金が入ってきたことと思います。

栗城さんもそのことはわかっていたので、最後の方は成功させようと余計無理な頑張りをしてしまったのかもしれません。けどそれが悪循環だったんでしょうね。

ただ、登山家としては失敗続きだったとしても、これだけのお金を集められるならば、もし栗城さんが違う方面でビジネスをしていたら、うまく軌道に乗ったかもしれないですよね。

 

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残された家族の反応が気になる。結婚や彼女の存在も調査

残念ながら35歳という若さで早逝してしまった栗城さんですが、女心として気になるのは家族、とりわけ奥さんや子供、ご両親です。

ただ、調べてみたところ奥さんやお子さんがいるという情報はないので、独身なのだと思います。現在彼女がいるという話もないので、完全フリーだったんでしょうね。

ある意味、登山に忙しくて交際には関心がなかったのかもしれません。かなりのイケメンだったのにもったいないという気もします。けどこのような状況になるのであれば、家族や恋人を持たないのは正解だったとも言えそうですね。

 

また、ご両親も悲しむのではないかと思って調べたところ、お母さまはずいぶん前に他界されていたそうです。

そしてお父さまですが、70代でまだご健在です。兄弟がいるのかどうかは不明ですが、お気持ちを考えるとやりきれないのではと思います。

ただ、栗城さんのお父さまはかなり変わった視点を持たれていたようです。指が凍傷になって帰ってきた時も栗城さんに「おめでとう」とおっしゃったそうです。これについて栗城さんのコメントを引用しました。

なんで「おめでとう」なのか聞いてみたら、一つはこうして無事に帰ってきたことに「おめでとう」、もう一つは、おまえはまた苦しみを背負って立ち向かうことができる、それはすごく素敵なことだから「おめでとう」と言ったんだ、と。

なんか、超越し過ぎて解釈が難しいですが、この方がただ者でなかったのは間違いないと思います。もしかして、苦しみを背負うことに素晴らしさを見出しているのでしょうか。もちろん愛情があるからかけられる言葉だと思います。栗城さんもそんなお父さんを尊敬されていたみたいです。

ただ、その時は命があったから息子に前向きな言葉を書けられたのだと思いますが、今回はどうなのでしょう。

ちょっとデリケートな内容なのでここまでにしておきますが、父子にしかわからない、揺るがない絆のようなものがあったので、お父様もどんなことがあっても覚悟はできていたのかもしれません。

ニュースでお父さまのコメントがありました。

栗城さんの父 敏雄さん:「自分の好きなエベレストで消えた。ありがとうございます。皆さんに助けてもらって、"バカ野郎"とは言えない。よく今まで頑張ったと思う」

 

栗城さんのご冥福をお祈りします。

 

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