西城秀樹の妹分 河合奈保子の他に誰?妹コンテストの選出基準は?

      2018/05/29

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「西城秀樹の妹分」河合奈保子、訃報に悲しみのコメント

西城秀樹さんの訃報に沢山のお悔やみの言葉が寄せられています。

2度の脳梗塞で倒れても復帰して頑張られていたのに、残念です。

最初に脳梗塞で倒れるまでが1度目。また倒れるまでが2度目。そしていまは、3度目の人生だと思っています。価値観を変え、大切なものに気づかせてくれたという意味で、ぼくは病気に感謝してるんです。病気にならずに気がつけば、もっとよかったんですけどね(笑)。

「病気に感謝」と言った内容を語られているので、やっぱりスターになるような人は物事の捉え方が素晴らしいかったんだなあと思いました。

もちろん苦しい時もたくさんあったと思いますが、途切れることなくお悔やみの言葉が送られてく様子からも、ご家族はもちろん沢山の人から愛されたことが伝わってきました。

 

また、お悔やみの言葉の中に、西城秀樹さんの妹分と言われていた歌手の河合奈保子さんのメッセージもありました。

 「あまりにもショック過ぎて、言葉がでません。秀樹さんに、ただただ、多くの感謝の気持ちをお伝えしたい思いでいっぱいです」

「妹分」であって、本当の妹ではないのですが、手身近なメッセージの中に熱い気持ちが込められていたことから、かえって河合奈保子さんのことが気になりました。

また、「妹分」は2人いたらしいけど河合さんのほかに誰がいたのか?それから選出はどうやっていたのかも合わせて調査してみました。

 

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西城秀樹の妹分、河合奈保子とは?

まず、河合菜保子さんが西城秀樹さんの妹分になるまでのいきさつを調べてみました。

1979年12月、当時から人気だった西城秀樹さんの所属事務所「芸映プロ」が主催する「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」に応募。審査を勝ち抜き決勝大会で優勝。その後歌のレッスンを受けて「西城秀樹の妹」として歌手デビューしたそうです。

因みに、実際の西城さんに妹は存在せず、姉の木本絵里子さんとお兄さんがいらっしゃるそうです。

河合奈保子さんはデビュー後、アイドルとしてのみならず声優や作曲なども手掛けていたとのことで、芸能全般に才能があったのでしょうね。

その後1996年に担当されていたヘアメイクアーティスト金原宜保さんと結婚。お子さんが誕生してからは作曲を少ししているくらいでほとんど芸能活動はされなかったようですが、現在はオーストラリアに在住だそうです。

結婚前にジャッキーチェン氏と交際してたという噂もありましたが、それはこちらの記事で。
河合奈保子 ジャッキーチェンとの交際や馴れ初め、妻と子供を調査

更にその後、成長した娘さんは「kaho」という名で、14歳の時に堀北真希主演のドラマ「ミス・パイロット」の主題歌を歌っています。作詞作曲も全部自身でしたということや、年齢の若さも驚きですよね。

声の質や才能から、第二の宇多田ヒカルとも言われるそうです。現在はyoutubeのチャンネルで動画配信しているようです。

こういう作曲や歌の才能などは、お母さんから引き継がれたんでしょうね。また何かドラマの主題歌を手掛けることもあるかもしれないので楽しみですよね。

 

石川秀美

河合奈保子の他にもう1人いた妹分とは?

さて、西城秀樹さんの妹分は、二人いたといわれていますが、河合奈保子さんの他のもう一人は、タレント&司会の薬丸裕英さんの妻、薬丸秀美さん(当時の旧姓は石川秀美さん)です。上に写真を載せましたが、かわいらしいですね。

1981年「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」で選ばれ、小泉今日子さんや中森明菜さんなどと同世代で活躍されたそうです。

その後1989年に薬丸裕英さんと結婚。今でいう授かり婚だったそうです。それがきっかけで芸能生活は休止となり、その後も復帰はないようですが、今ではなんと5人のお子さんがいらっしゃるというから驚きですね。

こんなにたくさんの子供を育てているんだから、きっと芸能界よりも家庭に向いていたんだと思います。そして長男は俳優のSHOこと薬丸翔さん、次男はサッカー選手、3人目の息子さんも海外留学をしているそうですが、娘さんたちは女の子で心配なため、秀美さんご自身も娘さんを連れてハワイに移住しているそうです。

私は海外に気軽に行けたらと思っているので、こういった生活をしている人の話を聞くと憧れてしまいます。お子さんたちの活躍と、海外への移住の両方をかなえているなんて、夢のような生活ですよね…。

 

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西城秀樹の妹分コンテスト選出基準は?意外な結末もあった

ところでこの妹分コンテスト、選出基準はどうだったのでしょうか?石川さんの時は応募総数55,460名もいたようです。おそらく河合さんの時もそのくらいだったのでしょう。オーディションは、地方で予選をしてから最終選考に進むそうです。

ところで、西城さんの妹分コンテストではお二人とも意外なエピソードがあったようです。

河合奈保子さんは、大阪の予選で最終審査に残らなかったそうですが、定数1名なのに特別もう1人の枠で選ばれるという奇跡。その後決勝において優勝を勝ち取ったんだそう。

 

また、石川秀美さんの場合も

選考に当たって他の審査員は後の森下恵理を推したが、西城秀樹が石川を強く推し、その意向に沿う形で決定したという。

 

先輩である西城秀樹の見事な審美眼が光る。評された石川秀美は、河合奈保子の2年後に「秀樹の妹コンテスト」で優勝してデビューを飾った。実は審査員の中で秀美を推したのは秀樹1人だけで、ほぼ決まっていた別の合格者を引っくり返したというのだ。

森下恵理さんがすでに審査員推しになっていたのに、西城さんの意見で石川さんになったのだから、西城さんの意見はすごい影響力ですよね。とはいえ、やっぱり妹分なんだから、本人の気に入った人で決定というのは筋が通っているんじゃないでしょうか?

森下さんはお気の毒な感じもしますが、もし審査員たちの一致意見で決定してしまって、後々西城さんから「あの子(石川さん)が妹分だったらな〜」と思われながら活動するよりいいんじゃないでしょうか?

その後他のところでシングルを出したりと、活躍する場もあったようですから。

このように多くの人に影響を与えてきた西城さん、もっと長生きしてほしかったな、と惜しまれます。

ご冥福をお祈りします。

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